2011年04月15日

ロシアのみなさん、ありがとう!

ズドラーストヴィーチェ、(こんにちは)
ダラギーエ・ドルズィヤー!(親愛なるみなさん!)

前回からの更新にだいぶ時間がかかってしまい、申し訳ありません。

まず、今回の東日本大震災によりお亡くなりになられたかたがたのご冥福をお祈りいたします。
そして、被災されたみなさまに、心からお見舞いを申し上げます。


それにしても、大変な震災でした。
まさか、自分が生きているうちに、こんな歴史上最大級の超巨大地震に見舞うとは…。
みなさんも、同じように感じられているかと思います。
しかも、震災後一か月経って、このところまた大きな余震が頻発してきています。
どうか、みなさん、くれぐれもご注意くださいますよう。

今回の大地震、大津波のニュースは、もちろん大変悲惨な出来事として、ロシア全土でも速報されました。
アメリカやヨーロッパ同様、その後すぐに、政府はもとより、多くのロシア庶民から、お悔やみ、お見舞いの言葉、支援の申し出がありました。
彼らにとって、今回日本と日本人が受けた大変な艱難辛苦は人ごとではないからです。
今回は、大震災にあたっての、これらロシアの人々の温かい心の一端をぜひ紹介したいと思います。(※編集部注:前回の記事の後編は、次回掲載いたします)


まずは、恐縮ながら、私の個人的な体験です。
多くの方と同様に、3月11日の大地震発生後、家族や親戚、友人の安否を確かめようとしても、携帯はもちろん、固定電話もまったく通じない状況がだいぶ長く続きました。
そんな状態の震災発生2日後の日曜日、突然、家の固定電話が鳴ったのです。
驚いて受話器を取ると、そこから聞こえてきたのは、ロシアに住む、ロシア人の友人の声でした。
「大地震と津波で日本が大変なことになっていることを知って、とても心配しているけれど、みんな、無事ですか?」と、私や家族の安否を気遣っての電話だったのです。
国内同士の電話は通じないままなのに、その後もわが家の電話は頻繁に鳴り続けました。
そのすべてが、ロシアのモスクワをはじめ、地方に住むロシア人の友人からのものでした。

ロシアから日本への国際電話料金は、ほんの数分であったとしても、彼らの所得に換算したらとんでもない費用になります。
にもかかわらず、次々とこちらを気遣い、励ましてくれる彼らと短い会話を交わしながら、私は心底から、ロシアの一般の人々の「温かい思いやりの心」を感じて、不覚にも、ぽろぽろと涙を流したのでした。

その後、インターネットのサイトを通じて、広くロシア中で、今回の日本と日本人への支援と連帯のムーブメントが起こっていることを知り、ぜひみなさまにも知っていただきたいと思いました。(これからご紹介する記事や映像の一部は、以前、当ブログに何度かコメントをいただいた、開心すず様が、これも以前紹介した「VITASの部屋」というサイトでご紹介されていたものを転用させていただいています)

まず、日本に対して驚くべき迅速な対応をしたのは、いまだもってロシアの絶対的リーダー、プーチン首相です。

今回の大地震前のロシアと日本の政治的環境は戦後最悪でしたが、大震災直後の3月12日、元ロシア大統領、現首相のプーチンは閣僚トップを緊急収集して、すぐにロシアを上げての日本支援に動き出します。
具体的には、然るべき部署に、
「原発事故により電力供給が減少することは間違いない。そのために、代替エネルギーとしてサハリンで産出する天然ガスの日本への輸出量を増量せよ! さらに、石炭、電気の日本への供給についても準備せよ!」
という指示を出したのです。
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/5659?page=2

す、すごい!
さすが、プーチンです!
国家的危機に対する危機管理能力において、世界最高レベルの鈍カン・リーダーの対応とはまったく正反対の、世界最高レベルの迅速かつ明快な指示です。

それと同時に、メドヴェーデフ大統領も具体的な日本支援案を提出させる指示を出します。
そして、3月13日、他のどの国よりも早く、原発事故処理への協力を表明します。
ご存じのように、その背景には、過去にチェルノブイリの大惨事の経験があり、原発事故の危険性と初期対応の重要性を、ロシアはどの国より身にしみて経験しているからです。
16日には、原発事故対応の専門家と特殊部隊を派遣し、空から投下して放射能を一時的に封じ込めるための特殊な化学物質を提供します。

そして、援助物資を携えたロシアの特別救助隊(なんと! 160名も)が仙台に入りました。
http://japanese.ruvr.ru/2011/03/17/47539602.html

これらロシア政府の一連の素早い援助と同時に、ロシア各地で、日本支援の動きが広がっていきます。
ロシア全土からの義援金による支援活動(http://japanese.ruvr.ru/2011/03/13/47330987.html)を始め、避難民1万人の受け入れ準備、被害にあった幼い子どもたちへのケア(http://japanese.ruvr.ru/2011/03/17/47542433.html)、そして仕事を失った人たちへの臨時雇用を申し出た地方の州までありました。


一方、震災直後から、だれが始めたというわけでもなく、だれかからの呼びかけがあってというわけでもなく、日本が受けた想像を絶する被災状況を知り、いてもたってもいられなくなった一般市民が、自らの哀悼の意を伝えようと、モスクワの日本大使館前やサンクトペテルブルグの日本総領事館前を訪れ始め、花束を捧げたり、あかりを灯したローソクや寄せ書きを置いていったりするようになりました。
http://sankei.jp.msn.com/world/news/110314/erp11031417540006-n1.htm
http://www.afpbb.com/article/life-culture/life/2790486/6953816
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/5659?page=4
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/5659?page=5
http://www.asahi.com/international/update/0318/TKY201103180373.html


そして、日本支援の動きは、あっという間にロシアのミュージシャンたちに広がっていきます。
「マシーナ・ブレーミニ」(タイム・マシン、という意味です)という、今ロシアで大人気のロック・グループが、3月18日のコンサートを急遽、日本の被災者支援のためのチャリティー・コンサートに変えて開催しました。
以下は、そのことを伝えた記事(日本語音声付き)です。
http://japanese.ruvr.ru/2011/03/19/47666232.html

続いて、16歳の時からこれまでに5回日本を訪れ、日本と東北の人々を心より愛する、フィリップ・コパチェフスキイというロシアの若いピアニストが、被災地福島の人々のためにモスクワでミニコンサートを開きました。
冒頭での彼のコメントに心打たれます。
http://japanese.ruvr.ru/2011/04/06/48561362.html

また音楽関係では、このほか、日本でも有名なロシアを代表する大指揮者、ヴァレリー・ゲルギエフさんも、震災直後の3月14日、サンクトペテルブルグでのコンサートで、「この曲を日本の犠牲者に捧げます」とコメントして、ヴェルディの「レクイエム」を特別演奏したのでした。
http://ja-opera.seesaa.net/article/192309584.html

旧ソ連、東欧のウクライナでは、日の丸を模した赤い帽子をかぶり、若者と子どもたちが町のメインストリートのど真ん中に集合して全員で励ましの歌を唄い、日本語で「がんばれ!日本!」を大声で叫び、最後に、自分たちで折った白と赤の折り鶴を持ち寄って、哀悼の意を表してくれたのでした。
http://www.youtube.com/watch?v=WJ71VxhP7Ig


う、うれしいではありませんかexclamation×2

これらのロシアの人たちの温かい支援に対して、ひとりの日本人として感謝を述べるため、3月18日、「ロシアの声」という海外向け、ロシア国営ラジオ放送局でチーフアナウンサーを務める日向寺(ひゅうがじ)さんが、ロシアのテレビ番組に登場し、ロシア人の日本への温かい支援に感謝を述べました。感動的です。
http://japanese.ruvr.ru/2011/03/18/47631982.html

最後に、旧ソ連の一部だったウクライナのパウル・コエリューという人が日本の被災者への祈りとして、ヴァン・ゲリスの音楽をもとに、「マリートヴァ・ザ・イポーニ(日本への祈り)」という、心のこもったすばらしいクリップを作ってくれています。(申し訳ありませんが、映像に表示された言葉は、ウクライナ語なのでよくわかりません…。)
哀しみにくれた被災者たちの写真にかぶさって流れる、静かでおごそかで美しいメロディは、ほんとうに涙を誘います。
http://www.youtube.com/watch?v=EHived13vQ8


日本に住む私のロシア人の友人はもちろん、ロシアの一般庶民のすべてが、今回の大地震のあとの日本人の「助け合う心」、援助の手を差し伸べてくれる人々に対する深い「感謝の心」と「秩序だった行動」に、「日本人はすばらしい!!」と心から感動しています。
そして、震災後の大混乱や混沌のなかでも、略奪や暴動がまったくといっていいほど起こってないことに、驚いています。

過去に日露戦争があり、第二次大戦で敵国になったにもかかわらず、現代のロシア人が一番好きな外国と外国人は、おそらく日本と日本人です。
世界で最大の領地を持っているロシア人は、自国に比べたらとてつもなく小さな島国の日本が、これほど文化的にも経済的にも、そして精神的にも、世界の中で秀でていることに、感嘆と畏敬の念を抱いています。

そして、当ブログにもしょっちゅう書いていますが、ロシアの一般庶民の人たちの心というのは、ロシアの情報をあまり知らないふつうの日本人の想像以上に優しいものです。

これまで幾度となく経済と政治の混乱に翻弄されたロシア人がよく使うことわざのひとつに、
「不幸を経験して、初めて、幸せの本当のありがたみがわかる」
というのがあります。
戦中や戦後すぐの日本でもそうだったでしょうが、ロシアの田舎では、つい最近まで、家族が生きるために必要なひと袋の塩を得るために、年老いたおばあちゃん(そうです。あのデブちんバブーリャです)が30キロ、40キロの道を、とぼとぼと何時間もかけて、歩いて買いに行ったそうです。

隣人である愛すべきロシアの人々の優しく温かい思いやりに感謝し、幾度となく苦難を乗り越えて生きてきた彼らを見習いながら、私たち日本人も、がんばって生きていこうではありませんか。

スパシーヴァ・アグロームナヤ・ザ・ヴァース!!
(ロシアのみなさん、ほんとうにありがとう!!)


《参考記事》
JBpress
The Voice of Russia
産経ニュース
AFP BB News
asahi.com
オペラ・ブログ

【日記の最新記事】
posted by クミートリー・ヤクーニン at 00:00 | Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
初めまして。
NHKテレビでロシア語で日本在住の歌手オリガさんの曲を聞いてから、もっとロシアンポップスを知りたくてこちらにたどり着きました。本当、ぴったりのblogに出会えて嬉しいです。
素朴な曲調と、中国の歌姫フェイ・ウォンやオリガさんの様な柔らかな声が好きなんです。が、日本ではなかなかロシア語の歌のCDは手に入りませんね。

アルスーの曲も聞いてみたいと思ってます。

やっぱり歌がないと始まりませんもんね!!
Posted by カレー餅 at 2011年05月01日 12:05
カレー餅さま

お礼を申し上げるのが大変遅くなってしまい、申し訳ございません!
わざわざコメントをありがとうございます!

オリガさん、私も千住明さんのCDで何曲か聴いて気に入ってます!
なかでも、千住さんがアレンジしたロシア民謡「ポーリュシカ・ポーレ」はなかなかですね。
それと、ご存じかどうか、菅野よう子さんが作曲担当した映画「攻殻機動隊」の冒頭でも、菅野さんのセンス抜群!の楽曲に乗せて、彼女の澄んでいながらビート感あふれる歌声が聴けますよ。

アルスー、いいですね〜〜! 私も一時期ハマりました。
実は、このブログでももうすぐ紹介するつもりですので、ぜひご期待ください!
今後とも、ぜひ当ブログの応援、よろしくお願いしま〜〜す!!
Posted by クミートリー・ヤクーニン at 2011年05月26日 18:21
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